ボディーコンディショニング

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トレーニング

前回はトレーニングにおける《回復≫の重要性について述べた。
 スポーツの分野でこの回復をはじめ、リラクゼーションや精神統一、集中といった要素に初めて重大な関心を抱き、研究を進めたのは旧ソ連や東欧諸国だったと言われる。
彼らが研究したなかには、日本の禅やインドのヨガなど、東洋的なものも多く含まれていた。
それらの成果はやがてスポーツ大国アメリカヘ渡り、めくりめぐって日本へ輸入された。本来は我々日本人も、回復やリラックス、心身のバランスについてすばらしいノウハウを持っていたのかもしれない。

あらゆる運動をするうえで、全身の重心のバランスを保つことはきわめて重要である。

たとえばサッカーでは、激しいタックルにあいながらパスやシュートをする場合、重心が安定していないと正確なキックができなくなってしまう。

重心を安定させるための効果的なトレーニングにボディーコンディショニングがある。ボディーコンディショニングについてのテキストはまだ少ないが、今回は筆者も体験した、板倉康夫氏考案によるボディーコンディショニングの方法を紹介しよう。
 板倉氏は歯科医師として「噛み合わせと全身バランス」の研究をする一方、"操体法"という東洋医学療法を応用し、日本のトップアスリートのボディーコンディショニングやメンタルコンディショニングを行っている。

そもそも人間の身体はバランスの悪いものである。人形を支柱を使わずに地面に立てるのはなかなか難しい。もし立てられても、足元を少し傾斜させると倒れてしまう。
 人間が直立できるのは、筋肉を緊張・弛緩させながら重心が安定するように、無意識のうちのコントロールしているからなのである。
 そのうえ人間の身体は左右対称ではない。
 その主な原因は、人間が直立に必要とする最低限の緊張以外の余分な緊張、すなわち過緊張が存在するからである。癖や生活習慣、無理なトレーニングなどにより、必要以上の筋肉の緊張が生じ、そのまま残留する。それが筋肉の過緊張である。


 過緊張の状態になった筋肉は、本来その筋肉のもつ最大のポテンシャルを発揮できないばかりか、怪我や故障の原因となったり、重心を不安定にさせたりする。また筋肉の過緊張を残したままトレーニングを行うと、その状態の筋肉と、リラックスした状態の筋肉の動き方の差も大きくなってしまう。運動能力を効果的に向上させるためには、筋肉の過緊張を取り除き、正常な筋肉バランスに近づけた後にトレーニングを開始することが重要なのである。


 「操体法」は、患者自身の感覚を重視し、その感覚にしたがって治療をすすめる東洋医学的技法であり、運動療法である。もともとは昭和の初期に不定愁訴の治療のために考案され発達してきた。鍼や整体などと同様、運動時に発生した疼痛の除去にも用いられるが、その治療の基本は「筋肉の過緊張を除き、体幹のバランスを整える」ことである。スポーツ選手がバランスを安定させるのに有効なのはこのためである。
 患者の感覚を重視する、というのは次のようなことを指す。
 「痛み」の反対は通常「痛くないこと」をイメージするが、操体法においては何も感じない状態の感覚を中心に、一方に「痛み」を、その反対に「気持ち良さ」を置く。
「痛み」と「気持ち良さ」の感覚により身体の動きを分類すると次の4つになる。

   1. 痛みを感じる動きは、
やってはいけない動きである

   2. 痛みを感じない動きは、
やって良い動きである

   3. 気持ち良い動きは、
やるべき動きである

   4. 痛いが気持ち良い動きは、
やって良い動きとする 


 同様に、動きを「動かしやすさ」「動かしにくさ」という観点から比較することもできる。我々には動かしにくいと無理に動かそうとすることがあるが、操体法ではこれはさせない。むしろ動かしにくい方向と正反対の方向に動かしていると、不思議と動かしにくい方向も動かしやすくなってくる。これをスポーツ医学の専門用語でいうと、「生理学的な筋反射の応用」ということになる。

具体的な例として、骨盤周囲のコンディショニングをあげよう。
 骨盤を中心にした運動は3方向に分ける。

A 骨盤の水平方向の回転運動

   1. 足を屑幅に開く 
   2. 右足に体重を乗せる
   3. 上半身を右側へ回転させる
   4. 元へ戻す
      次にこれと正反対の運動をする。
   5. 左足に体重を乗せる
   6. 上半身を左側に回転させる
   7. 元へ戻す

B 骨盤の側方方向の運動(一般的な側屈とは体重を乗せる足が反対なので注意が必要)

   1. 足を肩幅に開く
   2. 右足に体重を乗せる
   3. 上半身を左側へ側屈させる
   4. 元へ戻す
      次にこれと正反対の運動をする。
   5. 左足に体重を乗せる
   6. 上半身を右側へ側屈させる
   7. 元へ戻す

C 骨盤の前後方向の運動

   1. 手を腰にあて足を肩幅に開く
   2. 後屈をする
   3. 元へ戻す
      反対の運動は前屈であるが、一般的な方法とは若干の違いがある。
   4. 背筋をまっすぐに保ったまま上半身を前傾させる
   5. 顔は水平方向を向いたままにする(床方向を見ない)
   6. 疲れたら元へ戻す

 AとBの運動は「動きやすさ」「動きにくさ」の比較をする。
 まずAの運動をしてみる。左右の動きに差を感じるようであれば、動きやすい方向へ動かしたまま、その姿勢を維持する。維持する時間は左右の差の大きさや個人の体調により何秒と決められないが、とりあえず20〜30秒やってみるといいだろう。姿勢を元に戻してから、もう1度左右の動きの差を比較すると、そのときの感覚は次ぎの4つのどれかになる。

   1. 左右の感覚に変化がない
   2. 差が少なくなる
   3. 差がなくなる
   4. 左右の差が逆転してしまう(最初は右が動きやすかったが今は左が動きやすく感じる。またはその逆) 

 1あるいは2の場合、もう一度同じポーズをとってみる。
 3〜4回繰り返して変化がないか、または差が少なくなったが繰り返すうちに大きな変化を感じられなくなった場合、そして3の場合にはBまたはCの運動に移る。
 また4の場合には、その感覚にしたがい、反対方向に回転させて、少し短めの時間、姿勢を保持する。
 BでもAの場合と同様に感覚の比較をする。Aで左右差が消失しなかったときでも、Bが終わった時点でもう一度Aを行うと、その差が消失する場合がある。またAとBで消失しなくても、次のCの後に再度拭すと消失する場合がある。
 Cでは後屈したときの感覚を覚えておき、前屈の後もう1度後屈をしてみると、ほとんどの人は最初よりも曲がりやすくなっているはずである。数回前後屈を繰り返すと大きな変化がなくなるので、そこで終了する。
 A、B、Cそれぞれの運動とも、痛みを感じるようであれば、痛みを感じる直前でやめる。また、気持ち良く伸びる感じがあるようなら、そのまま伸ばしておく。A、B、Cはどれから始めてもいいが、必ずすべて行うこと。バランスがとりきれなかった場合でも、次の運動に移りそれが終了したら、もう一度戻ってやってみることが重要である。
 この3つの運動で、骨盤周囲の筋肉バランスは大きく向上する。

不安定な筋肉バランスでトレーニングを続け試合に臨むのか、それとも安定した筋肉バランスで試合に臨むのか、選択の余地はないはずだ。ところが実際にはどうしたらバランスをとることができるのか、またバランスよくトレーニングをするにはどうしたらいいのか、説明されることは少ない。本来スポーツ選手にとって重要なファクターであるはずのこれらのことが、置き去りにされているのが現状である。

なおコンディショニングによって得られる効果としては、

1. トレーニングを始める前にコンディショニングをすることにより、トレーニングの効果を向上させることができる。

   2. トレーニング後のコンディショニング、および就寝前のコンディショニングは、疲労を翌日に持ち越さない効果をもたらす。

   3. 筋肉が瞬時の衝撃に対応しやすくなるので、怪我や事故の予防が可能である。

   4. 膝や腰への負担を軽減することができる。

   5. 精神を安定させやすくする。

   6. 重心を安定させることにより、パフォーマンスのレベルを向上させることができる。

   7. 持久力、耐久力がつく。 

などがあげられる。

 ただし「コンディショニングは万能ではない。コンディショニングを行い適切なトレーニングをすることで、初めてパフオーマンスの向上が見られるのだ」という板倉氏は、選手たちに「ウェイトトレーニングでは主働筋を意識できなくなるような重い負荷をかけない」「その他のトレーニングは腹筋を意識できなくなったら休憩する」などという注意を与えている。
 現在はこうした方法を全身に応用することにより、元Jリーグ選手やスケートの長野五輪代表選考対象選手などが、それぞれリハビリや代表の座を獲得することをめざし、トレーニングを始めている。選手たちからは「身体が楽になった」「疲労感が減った」などの感想を得ているという。

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